ハンセン病の治療薬はどんなものがありますか?
  ハンセン病の治療は、化学療法が登場するまでは大風子油(たいふうしゆ)(大風子という樹木の種子からとった油)が使われていましたが、効果はあまりよくありませんでした。自然治癒するケースも少なからずありましたが、病気が進行していくケースでは、それを治療によってくい止めることはできませんでした。1943(昭和18)年にアメリカで、プロミンという化学療法剤がハンセン病に非常によく効くということが報告されました。




 なぜこんなに近年まで治療薬ができなかったかといいますと、この細菌がまだ人工培地で培養できなかったということに1つの原因があります。現在でもどのような培地を用いても増殖させることはできません。このため、薬品の効果を調べるには人間(ハンセン病患者)に直接薬を投与してみる以外ありませんでした。また、らい菌は実験動物で増殖させることもむずかしく、最近になってアルマジロや、ヌードマウス、マンガベイ猿といった動物でやっと成功しました。こういった動物を用いて、薬の効果などが少しずつ研究できるようになってきましたが、それまで、この方面の研究はほとんどできなかったのです。
 1943(昭和18)年という年は、太平洋戦争の真っただ中で、敵国であったアメリカで発見された特効薬プロミンは、当然日本には入ってきませんでした。日本に薬が入ってきたのは戦後の1947(昭和22)年頃のことです。
  このプロミンという薬は静脈注射でしか使えなかったので、その後改良が加えられ、ダプソン(DDS・プロミンをより精製したもの)という錠剤(飲み薬)として商品化され、世界中に広まっていきました。1950年代はまさに、ダプソンの時代であったといっても過言ではありません。
 その後、医学の進歩、特に抗生物質の開発には目を見張るものがあり、らい菌が結核菌に似ているところから抗結核剤のストレプトマイシン、カナマイシン、ヒドラジッド(INHA)などもすべてこの病気に使用されました。しかし、ダプソンほど有効でしかも安全性の高いものはなかなかあらわれませんでした。
 1966(昭和41)年、リファンピシンが抗結核剤としてはなばなしく登場します。そして、1970(昭和45)年にハンセン病に対してこの薬の顕著な有効性が明らかになりました。このリファンピシンという薬は、結核菌ばかりでなく、らい菌に対しても強い殺菌力のあることがわかり、治療期間の短縮や、再発率の減少などハンセン病の治療にとって画期的な進歩をもたらしました。
 さらに、いままでのハンセン病医学にも大きな影響をあたえ、多くの学者たちが、種々の説を出して議論した病型に関しても、皮膚を調べて細菌が見つかる型(多菌型)と、菌が見つからないが他の症状によりハンセン病と診断できる型(少菌型)の二つで、実用には十分になりました。そればかりでなくリファンピシンには、この病気のもつ治りにくいという概念も一掃してしまうほどの力があります。現在でもハンセン病治療の切り札的存在となっています。
 1971(昭和46)年にはクロファジミン(ランプレン、B663)という化学療法剤が治療薬に追加されます。
  1960年頃から少しずつ問題となりつつあったダプソン耐性菌の出現もあって、1980(昭和55)年代の初め、WHO(世界保健機構)が中心となって新しいハンセン病の治療指針を提唱されました。これが多剤併用療法(MDT)といわれているものです。多剤併用療法の主役はリファンピシンで、これに免疫抑制的に働くと考えられているクロファジミンと従来からのダプソンとを加えたものです。三剤を用いる理由は、耐性菌の出現する確率を抑えるところにあります。またクロファジミンを用いることにより、治療の途中往々にしておこる免疫反応の軽減につながるという利点もあります。この免疫反応は、後遺症をひきおこすことが多く、また、治療を長びかせがちで、患者に多大な苦痛を与えます。
 多剤併用療法の出現により、ハンセン病の治療法はほぼ確立されたと考えられます。しかし、微生物と抗生物質との戦いには際限というものはなく、リファンピシン耐性菌の出現も少しずつ報告されてきており、この面での新しい研究成果が期待されています。