廃止された「らい予防法」は
どんな法律だったのですか?

「らい予防法」は患者さんを苦しめてきました。

●「らい予防法」の前身

1「法律第十一号」癩予防ニ関スル件:1907年
 「らい予防法」の前身となった法律です。
 この法律では、神社やお寺などで生活をしていた患者を収容することを定めており、それに伴って全国に5つの公立療養所を設けました。
 また、1916年に改正され療養所長に懲戒検束権が与えられました。懲戒検束権とは、療養所所長の一存で、規則に背いた患者に対して処罰・監禁を行うことができる権利のことです。

2「癩予防法(旧法)」:1931年
 「法律第十一号」を改正したもので、在宅療養している方を含めたすべての患者を隔離することを定めた強制隔離の徹底、就業規制、汚染の疑いのある物品の売買禁止などを定めました。
 このころ、自分たちの県からハンセン病の患者を無くそうという「無癩県運動」というものが各地で起こり、この運動によって隔離が一層厳しく行われるようになりました。

●「らい予防法」

 特効薬プロミンが1943年に開発され、日本では1947年に投薬試験が始まり、効果が確認されています。そのことを喜んだ患者たちは「癩予防法」の改正を政府に要求していましたが、聞き入れられないまま1953年に「らい予防法」が公布されました。
 この法律は、「癩予防法」の精神を受け継ぎ、強制隔離、継続強制入所、従業禁止、汚染場所の消毒、外出禁止、所長の秩序維持規定など、人権を侵害するもので、治ったあとの退所規定もありませんでした。
 この法律には、「近い将来改正を期する」という但し書きがありましたが、1996年に廃止されるまで、実に40年以上にもわたって入所されている方を苦しめました。